帝王切開の理由別体験談
お住まい | 北海道札幌市 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 北海道札幌市 |
出産年齢 | 20代 |
子の生年月 | 2008.8 |
産院(総合・個人) | 総合 |
妊娠前(2年前)から子宮筋腫が1つありました。
妊娠がわかる1ヶ月前に検診に行くと筋腫がもう一つ増えていました。
そして前からある筋腫が、少し変わっているらしくMRIを撮ったりしていて、水っぽい筋腫で少し変わっているが、悪性ではないので様子を見ましょうとのことでした。
そして妊娠です。
妊娠初期は順調でした。でも6ヶ月の時に、検査した変わった筋腫を調べるため、そしてこの筋腫が産道近くにあるため、さらにもうひとつの筋腫を摘出してしまうために帝王切開が確定しました。
最初帝王切開なんて考えてもいなかったのでかなりショックでした。
でも助産婦さんが励ましてくれて、母乳も普通分娩の方と同じように希望すれば、寝たままでも吸わせることが出来ますよ!といってくれたので事前にお願いしておきました。
しかし、なんと妊娠9ヶ月の時、問題の水っぽい筋腫がエコーに写らなくなりました。
消えたのかもしれないといわれましたが、それを調べるために帝王切開は変わりませんでした。
出産予定日は9月16日でした。
8月24日妊婦健診の日、なんとおしるしがありました。
そしてこの日8月30日に帝王切開が決まったのですが、翌日の25日の朝、破水しました。
そして、緊急帝王切開となり15時43分息子が生まれました。(2654g)
消えたかもしれなかった筋腫は、やはりありませんでした。
そしてもうひとつの筋腫を摘出して(大きさはテニスボールくらい)手術が終わりました。
ところで、手術のことですが、腰椎麻酔で赤ちゃんをすぐに抱かせてもらえる予定だったのですが、私の場合、麻酔が始まって「ここ感じますか?」と聞かれているうちに全部感じるために焦ってきて過喚起状態になり眠らされてしまいました。
気が付くと手術室の出口でした。(笑)かなりの臆病者だったようです。
でも、手術室の看護婦さんが、ポラロイド写真を2枚撮っていてくれたので感激でした。
産後(術後)2時間くらいしたころまた目がさめて、その時息子と対面できました。
もう感激で涙涙でした。
その日は、そのあとも麻酔の影響かまた眠ってしまいました。
産後1日目の朝、また息子をつれてきてもらい、初めての授乳です。
私は寝たまま枕などを使って息子におっぱいを吸わせました。
昼過ぎには導尿が外されトイレ歩行です。
これがかなり辛かった。筋腫の手術の関係で癒着防止のため、ドレンという管がお腹から術後出ていて(5日間)さらにその血などがたまる水筒のようなものが常につながっていました。これがとっても邪魔で・・・
産後2日目、いよいよ母子同室。(普通分娩のかたは、産後1日目から母子同室でした。)
夜は新生児室で預かってくれるものの、赤ちゃんが泣けば助産婦さんが起こしに来てくれて新生児室で授乳です。
微熱があったため、何度も預かって貰いました
が、なんとか育児らしいものができました。傷や子宮収縮はかなり痛かったです。
でも、痛みも「日薬」(ひぐすり)で一日1日楽になり、皆と同じように育児ができるようになってきました。
授乳は、帝王切開でも基本的に粉ミルクを飲ませませんでした。
母乳量を計測できるようになるまでは、必ずおっぱいを吸わせてからソリタ水(糖水)を飲ませていました。
計測できるようになると、母乳だけです。
産後5日目にしてやっとドレンが取れたのでシャワーを浴びることができてさっぱりしました。
帝王切開だけなら10日で退院なのですが、私の場合筋腫も取っているので14日間でした。
皆次々退院していくので寂しかったのですが、その分助産婦さんにいろいろ教えてもらうことが出来てよかったなぁ、と思っています。
費用は、24万円くらいでした。生命保険もおりたので、黒字でした(笑)。
お住まい | 奈良県 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 奈良県 |
出産年齢 | 30代 |
子の生年月 | 2001.10 |
産院(総合・個人) | 総合 |
不妊治療の一環で子宮筋腫を除去。
妊娠しても帝王切開と最初から言われていましたので、いざ妊娠しても帝王切開に関しての嫌悪感は無かったですね。
ただ不安はありましたので色々と調べていました。
こちらに辿りついてからは、硬膜外麻酔の事を知り手術時に使用してくれるか医師に確認&希望を出しました。
腰椎麻酔との併用となりましたが、手術後の一番つらいときの痛みが抑えられたので良かったと思いますが、それだけ針を刺す回数が増えるので、神経に触ってしまったのか足の指先にしびれたような症状が残りました。
(だんだんと消えつつあります)
手術は20分くらいと言う話でしたが、子宮筋腫の手術時の癒着があり、40分くらいはかかったようです。
お腹の中が引っ張られる感覚と掃除機のような音が印象に残っています。
赤ちゃんの産声が聞こえた時は涙がでました。看護婦さんが優しく拭いてくれました。
赤ちゃんを洗った後で頭の方まで連れてきて赤ちゃんにご対面&握手させてくれました。
普通分娩だとここで記念撮影らしいのですが、帝王切開の場合は赤ちゃんのみの撮影をしてくれます。
その後赤ちゃんは外でお父さんとご対面&抱っこしてもらった後に新生児室へ。
手術自体が2回目ですし、病院や先生も同じですのでかなり落ち着いていたと思います。
しかも硬膜外麻酔で前回より痛みは楽ですし、何よりおめでたい理由が手術の原因ですからこちらの気持ちが違います。
前回は同室の方が帝王切開などの出産で「おめでとう」と言われている中で不妊解消を目指しての手術ですのでけっこう寂しくみじめな気持ちでした。
術後も順調で経膣分娩の方よりも元気だと言われていました。
入院期間が経膣より長いので、看護婦さんへ退院後の不安など色々質問もできました。
赤ちゃんに関して経膣と違うところは、最初から粉ミルクを与えるところでしょうか。
経膣の赤ちゃんは母乳を与えるまではブドウ糖です。
母乳が足りない場合も帝王切開の赤ちゃんはミルク、経膣はブドウ糖でした。
ただし後者は赤ちゃんのお腹がすぐにすいてしまうようです。
保険が利きますので、出産費用は20万円を切りました。
健康保険から30万円が支払われ、生命保険&共済(女性特約)からもお金が入りますし、お祝い金も貰えますし、つい「出産って儲かるねえ」と旦那に言ってしまいました。
お住まい | 東京都 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 東京都 |
出産年齢 | 30代 |
子の生年月 | 2001.4 |
産院(総合・個人) | 個人 |
私の場合は、なかなか産まれなくて(分娩停止)、帝王切開になりました。
予定日から、1週間遅れた時点で入院し、それから過酷な日々。
まず、ラミナリアを入れられ、翌日陣痛促進剤の錠剤を1時間ごとに1錠づつ6回(6錠)飲み、また次の日ラミナリア、それでも陣痛は起こらず、4日目点滴で促進剤、5日目も薬を換えて点滴、6日目様子を見て、7日目、また薬が強くなり点滴、どんなことしても効果なし・・・。
「筋腫が邪魔してるかも?」っと、39週の検診の時 院長先生の診察で言われた事を思い出し、入院4日目?ぐらいの時違う先生の診察でしたが言ってみた!
『筋腫が・・・』って、その先生(もともと、イヤだな~って思っていた先生)は、カルテを見て、「筋腫って言っても、3センチ四方だからこれは関係ない!」と言い切った。
しかし、開けてビックリ!!! その筋腫が本当に邪魔してました。
お腹を切ってから赤ちゃんがでてくるまで、30分近くかかりました。
吸引を何回も使い、サイズを変えたりしてすごくドタバタしてました。
やっとの思いで、出てきた赤ちゃんの声を聞き安心したのもつかの間、激しい痛み後陣痛。
なかなか終る様子がなく、思わず『痛い・・・!』と声が出てしまった。
この時始めて、何をしているのか知ったのです。
「筋腫が野球ボールの大きさで邪魔して、赤ちゃんが降りてこなかったの、全然上の方に赤ちゃんが居たから出すのも大変だったけど、今筋腫取ってるから、もう少しで終りますよ!」ってね!
私も筋腫があることを知っていたので、もしお腹切る事になったらついでに取ってもらえないかな~~~~っと本とか読んで調べていたのですが、帝王切開でお腹開けたからと言って、筋腫もいっしょに切る事は出来ない!って、どの本を見ても同じ事かいてあった。
なのになぜ?
全てが終り部屋に戻された時、先生に「筋腫見る?」っと聞かれ、私をこんなにも悩ませた筋腫、見るに決まってるでしょう。
先生はすぐに持ってきてくれました。
その筋腫は、血の気は引いてしまい、白っぽくなってる肉のかたまり、まさしく野球ボールの大きさ、本当に大きかった。
これのどこが、3センチ四方なんだ~~~~~~~~~。
何はともあれ、無事産まれたので良しとするか! そう思った。
それから5日位経った頃、立ち会ってた看護婦さんに『なんで、筋腫取ってくれたの?』っと聞いてみた。
1人の先生は、なかなか赤ちゃんが出てこなかった為、時間がかかりすぎるのを心配し「時間が・・・」っと言ってたけど、院長先生はさっさと切る準備して切る事になったと。
私にとってみたら、一石二鳥でした。
こんな大きいの、そのままには出来ないでしょう。
筋腫があったおかげで陣痛が起こらなかったのか、赤ちゃんは頭も大きく36センチもあり、しかも臍帯が2重に巻いていたそうです。
あんなに、陣痛起こそうといろんな事したのに、陣痛のじの字もなく帝王切開に・・・。
陣痛が起こっても、普通分娩では産まれなかったと言われました。
痛い思い、2回もしなくて良かったです。
じつは私は逆子でもあったのです。
36週の検診まで、逆子でした。
あの、きつい逆子体操をして、37か、38週の時やっと逆子がなおりましたが、そのせいでか、臍帯が2重に巻いてしまったのか?
友達は「今だから言えるけど、あんな出産間近になってまで、逆子体操させるなんて臍帯が・・・!」っと、心配していたと。
人は、「帝王切開じゃ~、痛い思いしなくて良かったわね!」っと無責任に言うけれど(夫の母にも、言われました。)、痛いんじい!!!!!って、大きな声で言ってやりたい。
お住まい | 埼玉県上尾市 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 埼玉県上尾市 |
出産年齢 | 20代 |
子の生年月 | 2000.5 |
産院(総合・個人) | 総合 |
私は妊娠7ヶ月まで仕事をバリバリ(?)していたのですが、
妊娠中毒症の気があるということで管理入院させられたんです。
これといった治療もしないで1日中ベットの上で寝たきり。
でもこの安静が良かったようで(気がつかないうちに無理していたみたいです)お腹の赤ちゃんも大きくなって、さぁ退院・・・と言う時に初めて超音波に影が映ったんです。
子宮筋腫でした。それも随分大きくなっていて、今まで気がつかなかったのが不思議なくらい。
筋腫は赤ちゃんと成長を競うかのように大きくなっていき、最終的には9cm大になっていました。
筋腫の場所も影響し38週1日で予定帝王切開になりました。
1ヶ月前には手術日が決まり、それから帝切について調べたのですが、詳しく載っているものがなくって不安になったのを覚えています。
前日に入院し、当日は朝から点滴をし、午後からの手術に備えました。
13時に手術室に入り麻酔を掛けてもらったのですが、全然効かなくってすっごく痛かった・・・。
お酒が関係しているなんてこのHPを見るまで知りませんでした。
私はノンべー。だから麻酔も効かなかったんだ。
結局赤ちゃんが出てから全身麻酔に変わったのですが、だんだん記憶が薄れていって、終わったらだんだん戻ってくる。
何の説明もなく麻酔されたので、私はパニックになり、気が戻りながら思わず台の上で大暴れ。(笑)
手術中に赤ちゃんのポラロイド写真を撮ってくれていて、術後家族に渡されていました。
でもその時筋腫の写真も一緒に撮られていたようで、後で見せられることになるとは・・・。
私の場合、筋腫があまりに大きかったため、一緒に取ることができなかったんです。
もし取っていたら子宮の形が変形してしまったり、出血が多くて輸血になるかもとか、最悪子宮を取ることになってしまうかもって恐ろしいことばかり言われて。それならばそのまま閉じてくださいって言ったんです。
でも半年後筋腫が炎症を起こし、また開腹し今度こそ筋腫を取ることになるとは、この時全然思わなかった・・・。
そんなことなら一緒にしてもらえばよかったのに、と思うのですが、炎症を起こすことってあまりないようです。
術後は、あまりの辛さで病室で泣いていましたが、子供の成長を見ていると頑張って産んでよかったと思えます。
辛いのは術後2~3日の間だけ。それを乗り切ってしまえば、赤ちゃんの世話で辛いなんて言っている暇なんてないですよ。
お住まい | 千葉県 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 千葉県 |
出産年齢 | 20代 |
子の生年月 | 2000.12 |
産院(総合・個人) | - |
私は、2年間の不妊治療の末にやっと妊娠することが出来て、妊娠発覚と同時に出血してしまい切迫流産で入院しました。
そして、双角子宮の疑いがあるとか、子宮筋腫があるとか内膜症もある・・・とかいろんなことを言われて、
臨月に入ったら今度は尿淡白がプラス2になってしまい、本当に赤ちゃんを抱くことが出来るんだろうか?とずっと不安でした。
こんなこともあり、医師からも今回の出産は安全第一でいったほうがいいと言われました。
双角子宮の場合は大量出血してしまうかもしれないという理由でした。
それにお腹の中を切るので子宮筋腫や内膜症の様子をみて、もしあったらついでに取り除いてもらえるとの事。
あと、私からの希望で盲腸もとってくれるようにお願いしました。
(どうせ手術するならやってもらおうと思って・・・)
こんな感じで、39週で予定帝王切開をすることに決めました。
私の母も帝王切開だったのでそれほど抵抗はなかったし、なにより安全が1番!と思ってました。
そしていざ、手術!「くの字」になって背中から麻酔を入れるのが辛かった・・・
痛いというより、大きいお腹で「くの字」になる体勢がキツクって・・
先生に怒られながらやっと麻酔を打ちました。
手術中は痛みはほんと全然なくてこんなに楽でいいのー!?なんて思ってるうちにオギャーと産まれて赤ちゃんの顔を見せてくれて、その後眠る麻酔?を打たれました。
しかし、この後なんと私は「けいれん」を起こしてしまったらしく、出産当日は病室には戻れず、手術室で看護婦さん付き添いのもと一晩明かしました。
この間私は半分覚えているのですが幻覚やら夢を見ていてうなされてました。。。
赤ちゃんは無事に産まれてくれたけど家族はかなり心配したようです。
あとで先生からお話を聞いたところ、尿淡白がプラス2で軽い妊娠中毒症を起こしていたからけいれんが起きたと聞きました。
お腹の中を開けてみててっきり双角子宮だと思っていたのは、正常でした。
でも、子宮内膜症がひどかったらしくそれを電気メスで取り除いている時に「けいれん」をおこしてしまったので盲腸をとるなんてもってのほかだったそうです。
それにもし自然分娩でけいれんを起こしていたら母子共に危険だったと聞かされて、帝王切開でよかったー!
双角子宮って間違われてよかったー! じゃなかったら自然分娩にトライしてたかも~って思いました。
お住まい | 愛知県 |
帝王切開の回数 | 1回 |
出産地 | 愛知県 |
出産年齢 | 20代 |
子の生年月 | 2000.12 |
産院(総合・個人) | - |
私は普通分娩も可能だったんですが、卵巣に持病をかかえていて、どのみちおなかを開いて手術をしなければならなかったので、
いっそのこと出産とまとめてやってもらおうと思って帝王切開にしました。
手術自体はこれで4回目なので段取りはわかっていたのですが、半身麻酔ははじめてでした。
いつもは寝てる間の手術なのであっというまでしたが、半身は意識があるのである意味つらかったです。
もちろん、先生たちの声はきこえるし、痛みも多少ありました。
子供が出てくるまでは緊張して、痛く感じたように思います。
子供と対面して、無事を確認したあとは自分でも恐ろしいほどリラックスでき、先生と冗談を言いあったり、かかってるラジオにあわせて歌ったりしてました。
術後の回復もよかったのですが、私が一番まいったのは2日目でした。
当日は興奮しているので、余り痛みも感じなかったのですが、興奮がさめた2日目は子宮収縮の痛みと、おなかの痛み(子供を出すとき、おなかを広げるそうです。その、広げたあとが痛かったの)でのた打ち回ってました。
帝切の人は、収縮が普通分娩の人に比べて悪いので点滴をうつのですが、これまたツライ・・・3日目くらいまでは、点滴したあと、動けませんでした。
3日目くらいから子供におっぱいをあげたり、一緒の部屋になったりしてからは、自分の痛みを感じてるひまがなくなり、いつのまにか回復してました。
帝王切開で産んでみてわかったことは、普通分娩とそう変わらないということです。
産声もきけたし、お世話もすぐできたし、痛みも普通分娩の人は陣痛、帝切のひとはその代わりに手術後の痛みがあるということです。
私もそうだったんですが、産むまでは痛みなど、不安でしょうがなかったんですが、産んでみると子供の存在で痛みや不安はふっとびますよ。
どんな形であれ産まれて来てくれた子供にありがとう!!という気持ちでいっぱいになります。