- 前期破水 -

~陣痛が起きてないのに破水が起こること~

帝王切開の理由別体験談

トリさん

お住まい  岩手県
帝王切開の回数  2回
出産地  岩手県
出産年齢  20代
子の生年月  2003.8・2008.1
産院(総合・個人)  総合

~1人目~

予定日超過のため入院し、子宮口を柔らかくする内服などを服用していましたが出産日の前日(予定日+4日)18時ころ、前期破水。

すぐ陣痛がつくと思って待っていたもののその夜は弱く不規則な陣痛しか起きず、主治医からは「明日の朝になっても本格的な陣痛が付かなければ促進剤を使いましょう」と言われました。

 

緊張で眠れぬまま翌朝を迎え、8時より促進剤の点滴を開始しました。

陣痛は1~2分間隔でやってくるものの、お昼になっても子宮口はやっと1センチ開いた程度。

そうこうしているうちに羊水の色が緑色っぽくなり(胎便が混じってきた?)、

14時ころ「羊水が少なくなって赤ちゃんが苦しくなってきている」とのことで緊急帝王切開することに。

促進剤の点滴をストップすると、嘘のように陣痛がなくなってしまいました。

 

その後夫が主治医から手術の説明を受け同意書にサインしている間に、レントゲンや剃毛など手術の準備が慌しく進み、破水から24時間経過した18時ころ、手術室へ。

 

麻酔科の先生から腰椎麻酔についての説明を受けた際「痛みが完全になくなるというわけではないかも知れません。でも痛みの限界が10としたら、2~3くらいにはなりますから」と言われてハッキリいってビビリました…。

 

大きいお腹で狭い手術台に横になり、背中を丸めて腰椎麻酔を受けるのは皆さんおっしゃるように「そんな無茶な」って感じでした(笑)

麻酔そのものの痛みは「あれ?もしかして今のが麻酔?」というくらい楽でした。

 

手術中は幸い麻酔がちゃんと効いて痛みらしきものはほとんど感じられませんでした。

緊張して少し気分が悪くなってしまいましたが、頭側にいた麻酔科の先生がずっと優しく話しかけてくださって励まされました。

赤ちゃんが出た後の縫合作業でやたらお腹をぎゅうぎゅう押された(それこそ体が揺れるくらい)のを覚えています。

 

病室に戻る頃には若干麻酔も切れ始め、寒気と震えと息苦しさで少し辛かったです。

そして後陣痛もあり…。

完全に麻酔が切れた後は後陣痛と傷の痛みに悶えていましたが翌日の午前中には尿道カテも抜かれ、歩行訓練。

同じ室内にあるトイレに立つのに、5秒の距離を15分くらいかけてました。

 

その後は子どもの顔が見たいが為に手すりにしがみついて新生児室まで歩き、感動のあまりなぜか笑えて笑えてしょうがなかったです。

傷にひびくので引きつったような笑いしかできませんでしたけど(笑)

 

持病で薬を飲みながらの妊娠だったため、ガチガチに張ったおっぱいも泣く泣く薬で止めてしまいましたが、生まれた子どもはものすごくミルクの飲みが良く健康な子で、傷が痛む時期のお世話も楽にさせてくれました。

(それでも母子同室2日目の夜中、子どもの泣き声を聞いた途端顔に蕁麻疹が出てしまい、実際には相当疲れていたと思われます)

 

子どもの頭がすこしいびつだったので主治医に聞いてみると、お腹から出すときに吸引もしたとのこと。

帝王切開でも吸引ってするんですね。

産後は子宮収縮剤も服用しましたが、いまいち子宮の戻りが悪く、1ヶ月検診時もまだ戻らず結局2ヶ月くらいかかりました。

帝王切開に加えて母乳を薬で止めてしまったことも原因のひとつかもと思っています。

 

~2人目~

一人目が緊急帝王切開で何の知識もなく(後から妊娠中に読んでいたマタニティ誌を見ましたが、普通分娩についてはすごく詳しく書いてあるのに帝王切開についてはただの手術の流れと『普通分娩より育児のスタートは2~3日遅れますが、その後は変わりません』と書いてある程度。

産後の傷のことやトラブルなんて、一切書いてなかった)手術に臨んだ為、早い時期からこのサイトで勉強していました。

 

一人目出産した総合病院が医師不足で産科を閉鎖していたため、別の総合病院での出産です。

切迫気味でずっとウテメリン内服していましたが、9ヶ月に入った頃内服では抑えられなくなったために切迫早産で管理入院。

約1ヶ月、ウテメリンの持続点滴で張りを押さえ37週で帝王切開しました。

 

前日に剃毛を済ませ、21時から絶飲食。

翌朝浣腸をし、10時にウテメリン点滴を外して入浴。14時30分に手術室に入りました。

今回は腰椎麻酔+硬膜外麻酔で、「硬膜外麻酔で術後の傷の痛みがだいぶ軽減されるでしょう」と説明を受けました。

一人目のときとは違い、リラックスして周囲を観察する余裕はありましたが、麻酔がちょっと辛かった。

魂が抜かれる感じというか。

どっちの麻酔を先にしたのか忘れてしまいましたが、硬膜外は背中にカテーテルが入るのでそれが気持ち悪かったのかも知れません。

麻酔科の先生が手術中も麻酔の効き具合を何度もチェックしてくださいました。

首から下の麻酔ですが、首まで麻酔が回ってくると呼吸を忘れたり声が思うように出なくなるというのを初めて体験しました。

 

一人目は吸引で赤ちゃんを引っ張り出しましたが、今回は主治医がお腹に乗っかるようにぐいぐい押して出したようです。

手術室の時計で麻酔開始から45分くらい、手術開始から30分くらいで赤ちゃんが生まれました。

生まれるまでの時間も、縫う作業も、一人目よりも時間がかかったように感じます。

トータルで1時間30分くらいだったでしょうか。

 

縫合が終了すると手術台に寝たままの状態で骨盤のレントゲンを撮りました(器具の忘れなどの確認?)。

レントゲンを確認した主治医が「やっぱり少し骨盤が狭いね~。これでは普通分娩は難しかったと思います」と一言。

見せてもらうと骨盤の形が悪いのが素人目にもハッキリ。

普通は逆三角形である骨盤が、やや四角気味でした…

(これは子どものころから癖だった「カエル座り」の影響ではないかと勝手に思っている)。

 

で、術後ですが、硬膜外のおかげでだいぶ楽…だと思いたかった(涙)腰椎麻酔のほうが切れてからお腹にさわってみると、確かに少ししびれたような無感覚な部分はありましたが…。

なぜか夜中にものすごい肛門の痛みで目が覚め、同じ姿勢でいるせいかと無理やり寝返りをうってみたりしましたが、一向におさまらず。

看護師さんに聞いてみると「あ~、たぶんそれも後陣痛よ。生理のときに肛門が痛くなる人もいるのよ」と言って坐薬を入れてくれました。

それが効果テキメンで。

硬膜外麻酔は後陣痛には効かないらしいというのはこのサイトで知っていましたが、坐薬があんなに効くとは思いませんでした。

後陣痛どころか傷の痛みもかなり軽減され、「硬膜外よりいいじゃん!」と感動。

 

翌日、尿カテ抜去後に「無理しないで」と言われつつも回復が早くなるのを期待して歩行訓練開始。

今回の病院は個室にトイレが付いていないので、点滴に捕まりながら必死にトイレまで歩きました。

硬膜外があるから、と無理やり自分を納得させていましたがやはり辛かった。

 

さらに翌日には乳緊も強く出始め、硬膜外はなくなり、後陣痛はまだ続き、胸の痛みと後陣痛の痛みと傷の痛みとでほとんど泣きながらの生活。

今回は持病もなく授乳可能だったのですが生まれた子どもの哺乳力がまだ弱く、胸は張るのにほとんど吸ってもらえない状態で本当に辛かったです。

「このなかのどれか一つでも痛みが消えてくれたら楽なのに…」と泣きながら思いました。

 

傷や後陣痛はこれ以上辛くはならないだろうと思っていましたが、おっぱいだけは出さないことには楽にならないので母子同室になってからはミルクを与えずひたすら乳首をくわえさせていました。

あと、硬膜外のチューブを抜いた翌日から背中・腰・お腹にものすごい痒みがあり、地図様の湿疹ができました。

抗生剤の薬疹かもしれないといわれ服薬をストップしましたが変わらず。

皮膚科も受診しましたが結局原因はわからずステロイドの痒み止めを処方されて改善しました(退院してもしばらく湿疹の痕は残りました)。なんだったんだろう。

 

術後に感じた辛さは、一人目より二人目のほうが強かったです。

硬膜外に期待していたのと、哺乳力の弱い子に授乳する大変さが初めて分かったことと、あとは単純に一度経験している分、一人目の出産よりはどうしてもテンションが落ちるということもあったと思います。

ただ今回は事前学習がばっちりだったため個人的な希望や質問を全てぶつけられたこと

(胎盤が見たい・傷の写真を撮りたい・使用する薬品の名前や副作用が知りたいなど)で納得のいくお産ができたことにとても満足しています。

 

最後に。今回は手術説明もばっちり事前に受けることができたのですが、主治医が「『帝王切開』とみなさん簡単に言いますが、帝王切開産というのは手術とお産、両方で起こりうるリスクが重なるわけです。私たち医師は命がけで行っているんですよ」とおっしゃったことがとても印象的でした。

帝王切開を「楽なお産」と安易に言う人たちに聞かせてやりたいと思いましたね。

辛かったけど、やっぱりお産っていいものですね。また産みたいです。



つばきさん

お住まい  三重県
帝王切開の回数  1回
出産地  三重県
出産年齢  30代
子の生年月  2003.6
産院(総合・個人)  総合

私の場合、8ヶ月検診へ行った時までは正常でした。

検診2日後、ベビー用品などの買い物の帰り今までとは違うお腹の張りを感じたのが始まりでした。

 

その日の夕方。

家に帰り夕飯の支度をしていると、30分ほど前にトイレへ行ったにもかかわらず、失禁したかと思いトイレへ行くと、穿いていたズボンまでもがびっしょりと濡れるくらいの破水がありました。

でも、私はそれとは思わないでそのまま9時ころまで、少しおかしいと思うくらいでほおっておいたんです。

主人の友人が来たのもあって、とりあえず生理用ナプキンをあてがっておきましたがしばらくするとびっしょりしてきましたが、、、

 

友人を見送ってすぐに病院へ電話で説明すると、『入院準備をしてきて下さい』と言われました。

それを聞いたとたんに怖くなりました、それまでは大丈夫!!って素人の考えで思っていたので。

 

病院へ着くとすぐにエコー。

先生が『あれ!?逆子ちゃんやでー。前からやった?』と言われ、2日前に来た時は大丈夫だったのにー!!それに『羊水がほとんどないし、子宮と赤ちゃんとの間に1cmくらいしか空いてないからすぐに帝王切開せな』と言われました。

1300gほどの低体重。

深夜緊急でNICUのある病院へ連絡をしてもらい救急車で搬送されました。

 

そこでの初診で1週間最低でももたせましょうと言われ、入院中は24時間陣痛抑制の点滴し続け、時には抗生剤の点滴をし、赤ちゃんの肺を強くするのにと左右の腕に2回筋肉注射を打ち、毎日2,3度、お腹の張りと赤ちゃんの心音を記録する機械をつけました。

入院5日目の朝に少量の出血があったものの大事にはいたらず、入院9日目、点滴が2本に。

10日目の夜から30分~1時間くらいの間隔でお腹の張りが治まらなくなってきました。

痛みも今までより大きくなって、11日目の夕方になっても治まらず内診してもらうと子宮口が1cm開いていました。

食事は普通にとって8時半頃、もう一度内診。

『子宮口が3cm開いてきましたのでこれから手術します。ご家族の方を呼んで30分で来れますか?』車で50分かかる病院なので無理だったので、手術が終わるまで一人。。。

 

腰椎麻酔をされ、いざ手術台へ。

手の先までが感覚がなくなったみたいな感じもある中、手術開始。

何分たったのかハッキリしない中呼吸するのがしんどくなってきた時に、赤ちゃんは取り出されていていたようです。

左右上下に体がゴンゴンともズンズンともとれる揺れる中、「フギャー」と3度泣き声が聞こえてきましたが、顔を見せてもらえずすぐにNICU運ばれて行きました。

自然分娩とは違い涙は出ないかと思っていましたが、声が聞こえた瞬間ポロポロとおちました、赤ちゃんは1418gの男の子でした。

 

その後のにほんの少しだけ酸素マスクをしてもらい無事に手術は終了しました。

深夜は痛みと麻酔がきれるてくるための震えなどがあり眠れず、次の日の午後には導尿管をはずし立ち上がりNICUまで合いに行きました。

2~3ヶ月の入院と思っていたのが、小さい体でもすごく元気で2度黄疸があったものの、先生も驚く早さで育ってくれたので1月半の入院ですみ、今のところなんの問題もなく育ってくれてます。

2人目は自然分娩がしたいですが、今回より早い段階(5ヶ月くらい)で破水する可能性があるからと先生に言われています。

でも、どんな出産方法であれ赤ちゃんが元気に生まれてくれればと思っています。



あやっちさん

お住まい  東京都
帝王切開の回数  1回
出産地  埼玉県
出産年齢  30代
子の生年月  1999.7
産院(総合・個人)  個人

当時大阪在住だったため、予定日約1ヶ月前に里帰り。

経過は途中貧血もあったが順調だった。

 

予定日前日の早朝、寝ていたがなんだか下着がどっとぬれたような感覚で目覚め、確認して下着がかなり濡れていたが、よくわからなかったので念のためそのまま病院へ。

先生がまだ来ていなかったためか、助産婦さんらしき人が内診台で何か器具を入れてきて確認したが、脳天にひびくほど痛みに似たような激震が走った。

結局破水ではないということで帰宅。

 

その日は午後から健診に行く予定だったので、また再度病院に行った。

通常どおりエコーを見た後、内診台に座ろうとした時、意図せずして水がジャーと流れ落ちた。

そのまま診察されたがやはりこれが破水で、看護婦さんが産褥ナプキンをしてくれた・・・。

結局そのまま入院ということになった。

その日は様子見ということになり、陣痛が始まれば出産ということだった。

しかしながら、最初の助産婦さんの内診が破水の原因だったんでは?と思ってしまった。

 

翌日朝になっても状態は変わらずで、陣痛促進剤を入れることになった。

また感染予防で抗生剤も点滴することになった。

ダンナは様子が把握できなかったのか、夜行列車で大阪からきて早朝に現れた。

 

促進剤を入れている間は不定期に痛みが襲ってきたが、子宮口は1cmしか開かない。

ダンナはそうとは知らず、昼間買物に出かけていてまったく苦しんでいる様子を見ていなかった。

その日は一日で入れられる促進剤の量の限界だったので、夕方には点滴も終了。

もしこのまま進まないようであれば48時間のタイムリミットということで翌日帝王切開ということになった。

 

ダンナは翌日仕事の都合上戻らねばならず、早朝こちらを出発し肝心な時には結局いなかった。

夜間のあいだに陣痛が来れば・・・ということではあったが、まったく気配がなく羊水の量も減ってきていたので、予定通り手術となった。

事前に横切りであることを言われた。

先生曰く「産後もビキニが着れるように」だそうだ。

 

手術の準備として洗髪(しばらく洗えないから)と剃毛と導尿があった。

また腰椎麻酔のための麻酔もしたのかまったく麻酔での痛みはなかった。

手術は担当医とは別に外科医らしき人もいた。

 

意識はあったが、切る痛みは感じなかった。

しかし、途中からおなかの中をひっぱられるようななんともいえない痛みが続いた。

しきりに「痛い」と主張したが、「普通に産んでもこのぐらい痛いんだよ」とあっさりかわされてしまった。

それでも痛いと言い続けてしばらく、「赤ちゃんでたよ」とうまれたばかりの子供を枕もとに運んできてくれた。

なんだか実感があまりなかったけど、無事出てきたことにほっとした。

 

痛みは続いていたのだが、しばらくしてどうやら麻酔量が増えたらしく、気づいたら回復室のベッドの傍らで母が手を握っていてくれた。

ずっと「痛い」とうなされていたようだ。

先生によるとまったく手術に関しては問題なかったと。

ただ少々切り口よりも子供の頭が大きくて取り出すのに苦労したそうだ。

 

術後2日目には導尿カテーテルが外され、ガスさえ出れば水分から始めて重湯も口にできた。

3日目ぐらいまで鎮痛剤を処方してもらった。とにかくベッドから起き上がるのに非常に苦労した。

電動で身体を起こしてもさらにベッドから降りるのがつらくて。

歩く際はもちろん手すりにつかまりながらへっぴり腰でボチボチ歩くカンジ。

通常分娩なら2日目から昼間母子同室であるが、帝王切開の場合は5日目以降だったので、痛いながらも新生児室まで毎日足を運んだ。

ダンナは出産日の2日後に再び来た。

後に「ラクして産んだ」みたいな発言があったのだが、一番痛いときにいなかったから言えるんだと思った。

 

抜糸は6日後、抜鉗は8日後に。5日後にシャワー解禁。

母乳も母子同室になった時から開始。

それ以前に3日目ぐらいから張りだし、カチカチになってしまった。

退院当日おなかのあたりに小さい発疹がプツプツとできた。

かみそり負けしたのかと思いきや、その程度はひどくなり急遽飲んでいた抗生剤をストップ。

一旦退院するが、翌日また受診。原因がわからないのでそのまま皮膚科へ送還。

 

血液検査などを2度繰り返すが原因不明。

おそらく薬疹ではないかということだが、薬剤も特定できず。授乳中のため服薬はせず、ひたすらかゆみを和らげる軟膏のみ。

発疹の個所もひとところが治まると別のところと全身をめぐって、およそ1ヶ月で終息。

 

分娩に対しての恐怖があったので、帝王切開に決まって半分ホッともした。

しかしながら痛くないと思って臨んでいたので、痛みがあったことにはびっくり。

また術後もおそらく通常分娩に比べると痛みはひきずるものだろうし、時間が経過してもかゆみやツレを感じるという点では決してラクなものではないと実感。

特に最初の1ヶ月は自分の傷の痛みもありつつ、昼夜ともなく泣く我が子を抱いての授乳はかなりハードだったと思う。

とりたてて帝王切開での出産に後悔もないし、その場の選択としてやむをえなかったと考えている。

むしろおなかにきっちり「産んだ証」を刻んでいるので、子供に「ここから出てきたんだよ」と言っている。



ふみこさん

お住まい  滋賀県
帝王切開の回数  2回
出産地  滋賀県
出産年齢  30代
子の生年月  1996.11・2002.7
産院(総合・個人)  個人・総合

前日午前6時に前期破水。電話したら、すぐ来て、といわれてそのまま入院しました。

陣痛は来ましたが、微弱でした。

24時間以内に生まれなければ、感染防止のため、帝王切開になるかも、というのは聞かされていました。

この2週間くらい前から、子宮口をやわらかくする注射を受けていましたが、この時点でもやっぱり子宮口は堅く、結局翌日になっても3センチしか開きませんでした。

 

病院の中をうろうろ歩き回りましたが、ずーっと微弱。

夜中になって、ようやく痛みは強くなってきましたが、子宮口は開かず。

翌朝から、帝切と普通分娩と両方の可能性を考えて、絶食になりました。

陣痛は3~5分間隔になりましたが、やっぱり子宮口開かず。

情けなくて、涙が出ました。

お医者様には「これからや!しっかり!!」と叱られてしまいました。

 

お昼過ぎの内診で、手術が決定。

手術の準備にかかりました。

一気にお産が進むことも考えて、剃毛は、腹部から局部まで全部。

「ひっひっふー」といいながらの剃毛は、なかなかのものでした。

でも、看護婦さんや助産婦さんが、とても手際よく、そして励ましてくださったので、力強かったです。

 

腰椎麻酔は、背中を丸めるのがむずかしく、私が怖がって逃げてしまうので2回やり直しました。

それでも結局だめで、腰掛けた状態で、看護婦さんの肩につかまって、背中を丸める方法で成功しました。

手術中は、緊張と寒さのために体が震え、血圧も測れないくらいでした。

先生に何度も怒られましたが、体のふるえは結局とめられませんでした。

今から思うと、緊張のあまり過換気状態だったのかもしれません。

付き添ってくださった、看護学生さんの手をギューギュー握っておりました。。

 

赤ちゃんが出てくるまでは、ほんとに短く感じました。

おなかをぎゅっと押さえる感じがした、と思ったら「オギャー」と大きな声が聞こえて、感激でした。

涙が止まりませんでした。

なるべく、小さく切って出すそうで、頭の大きな息子は結構大変だったみたいです。

取り上げてみると、へその緒を2重に首に巻いていて、頭も大きいし、手術でよかったね、と言われました。

そこから、縫うのが痛くて痛くて。

ギューギュー引っ張られる感じが続いて「痛いですー、痛いですー」と言い続け、うるさがられておりました。

 

おなかは縦に切りました。

傷口は、上半分は1本線でしたが、下半分が肉付きのせいもあって、ちょっと瘢痕みたいになってしまいました。

でも、太い傷跡は毛の中に隠れちゃうので、気にしてませんでした。

→しか~し、去年卵巣腫瘍の手術をしたので、傷の長さが伸び、瘢痕も少し、目立つようになりました。

今度のお産の時、きれいにしてもらうぞ!

 

何はともあれ、元気に生まれてくれて感謝です。

お産が進まないとき、助産婦さんが「先生、促進剤使いますか」と尋ねておられましたが、「子宮口がひらいとらんのに、無理!」とおっしゃっていたのが、印象的でした。

出口が堅いのに、出す力だけ強まってもだめ、という判断だったのだと思います。

経験豊富な先生で良かったです。

保険会社に提出した診断書によると、帝切の理由としては「前期破水・微弱陣痛・遷延分娩・胎児切迫仮死・児頭骨盤不均衡」となっていました。

胎児切迫仮死は、聞かされてはいなかったのですが知らないところで、たいへんになっていたみたいです。

 

~2人目~

前回は、前期破水からお産が進まず、個人病院での緊急帝切でした。

今回は、その後卵巣腫瘍の手術を総合病院で受けたことから、引き続き、総合病院でのお産となりました。

手術から8ヶ月後に妊娠がわかり、主治医の先生もとても喜んでくださいました。

 

妊娠の経過は順調で、7ヶ月頃、Drから「普通分娩と帝王切開と選択肢が2つあるけど、どうされますか?」と話がありました。

いまのところ順調なので、普通分娩も可能であること、しかし1度子宮を切っているので、お産が長引いたとき陣痛促進剤は使えず、緊急帝切になること、既往帝切の場合は、子宮破裂の可能性もあること、母子の安全を考えると帝切の方がよいこと、等お話ししてくださいました。

 

私としては、前回ほんとうにお産が進まなかったので、あの先の見えない辛さは避けたかったし、卵巣の手術でもおなかをあけているので、安全を優先して帝切で・・とも思っていたのですが、母にいわれた「ほんとうの痛みを知らない」にすごくとらわれていました。

先生に「普通分娩じゃないと一人前じゃないみたいに言う年輩の女性がいる」と話すと「帝王切開も立派なお産です」と、きっぱりおっしゃって、そこで決心がかたまりました。

 

私のかかっていた病院では、予定帝切の場合37週でのお産になるのですが、赤ちゃんが小さめということがわかり、38週に延ばしてもらってのお産でした。

それともう一つ2300g以下で生まれた場合は体重管理のためNICUに入院することになっていて、小児科のDrも立ち会いのもとでのお産になりました。

手術は腰椎麻酔で。

帝切は産科のDrだけでされるそうで、麻酔医の必要な硬膜外麻酔はありませんでした。

そのかわり、痛みや胸苦しさ(これはたぶん、緊張のせい)を訴えると痛み止めをしてくだっさたり、丁寧に対処してくださったので、安心していられました。

 

オペ室はリラックスできる音楽がずっと流れていましたし、保温とプライバシー保護のため、バスタオルや掛け物をしてくださいました。

看護師さんたちもタイミング良く声をかけてくださいました。

いよいよ、というときになって「もうすぐ産まれますよ」と声をかけてくださったのがとても印象的で、それまで「手術でおなかから出した」みたいな言い方をされることが多かったのに、「産まれる」と自然に表現してくださったのが嬉しかったです。

 

上腹部をギュウギュウ押さえてもらって誕生。ただただ、うれしかったです。

赤ちゃんは2275gでNICUに入院しましたが、大事にみてもらえて、すくすく大きくなりました。

私の産後の経過も、とてもよかったです。

 

後から聞くと、へその緒が細かった上に、首にも巻いていたそうで、もし、そんな状態でお産が長引いていたら、たいへんなことになっていたかも、と思いました。

今回、信頼できるDrにみてもらえたことに、感謝しています。

先生がおっしゃった「母子ともに安全なのが良いお産」は深く心に残っています。